野母崎半島

樺島灯台(かばしまとうだい)

樺島は、長崎半島の南端に位置するわずか2.22kmの小さな島です。
長崎市内には、樺島町という町があるため、市に編入される時に野母崎樺島町となりました。

樺島灯台

その、野母崎樺島の灯台は、今年で85歳を迎える大型灯台で、初期の名称は「野母崎灯台」と呼ばれていたが、昭和28年に現在の名称に変更されました。

灯台の下には、資料館が併設されていて、この灯台の歴史や資料などが展示されています。

樺島の海岸

天気が良い日には、天草まで望める景色が良いロケーションで、360度のパロラマで雄大な景色が広がっている。

樺島の釣り場

眼下には小さな瀬が点在していて、瀬渡しで釣りを楽しむ釣り人が県内外から沢山訪れているようです。

樺島灯台には、狭い曲がりくねった道を登って行きますので運転には注意が必要です。

長崎のお土産

松貴堂の桃カステラ

長崎では、この時期とても沢山販売されるスイーツがあります。

それがこれ↓
松貴堂の桃カステラ

最近のSNSでも沢山露出しているので、全国的にもかなり認知されてきましたが、「桃カステラ」です。

このブログでは「松翁軒」「松月堂」に次ぐ3度目の桃カステラネタとしての登場です。
先日友人の娘さんの子供の初節句のお祝いのお返しに頂きました。

まず、桃カステラの歴史から、
カステラは、ポルトガル伝来の焼き菓子がルーツで、16世紀の室町時代末期にポルトガルの宣教師によって平戸や長崎に伝えられたという記録があるお菓子ですが、ポルトガルにはこれと同じような製法で作られたお菓子はなく、長崎で独自に考案された和菓子と言えます。

また、桃は中国では邪気を祓う仙果(神仙に力を与える樹木・果実の意)と呼ばれ、昔から邪気 を祓い不老長寿を与える植物として親しまれています。中華の点心にある桃饅頭などがこれから来ていると言われています。

その縁起の良い桃を型どった桃カステラは長崎では初節句の家庭では、お返しに必ずと言っていいほど使われる激甘スイーツです。

ポルトガル由来の名前と中国由来の桃の形と長崎で考案された和菓子のカステラに乗せられた砂糖菓子の融合(結局長崎人が思いついただけのお菓子のようだけど・・・)

この桃カステラはすり蜜と言って砂糖を水で溶かして煮詰める工法で、結晶ができないように霧吹きを掛けながら根気よく作る大変な作業工程のもので固めた砂糖菓子なので、本当に激甘です。

土台になっているカステラも一般的なカステラと違って、小麦粉の量が少し多く、上の砂糖菓子の甘さと調和するように砂糖を使わずあっさりとして密度の高いカステラです。

長崎で桃カステラは、長崎中のケーキ屋さんでは殆ど取り扱っているお菓子ですが、美味しさの秘訣はこの甘すぎる砂糖菓子と甘くないカステラのバランスにあると思います。それと、密度の高いカステラなので、上の砂糖菓子に負けないようなどっしりとしていて安定感があるのが特徴です。

長崎ではこの時期スーパーにもこの桃カステラが登場します。
しかし、形だけ真似たパン菓子ですので、長崎県人以外の人はお間違いのないように・・・。

今回、頂いた「松貴堂」は長崎市宝栄町にある菓子舗で、長崎では知る人ぞ知るお菓子屋さんです。
平和町にも支店があるようなので観光で浦上天主堂界隈を散策している人には覗いてみてはいかがでしょうか?

HP⇒http://ilabo.style.coocan.jp/shoukido/index.html
Facebook⇒https://www.facebook.com/shokido.m

※長崎の初節句と初誕生
男の子が生まれて、初めての端午の節句(5月5日)のこどもの日に鯉を形どった鯉生菓子か、焼いた菓子をお祝いを頂いた方に配ります。女の子は、3月3日のひな祭に桃カステラを配ります。桃の実は中国では古くから不老長寿の果実として尊ばれています。

又、生まれて初めての誕生日にワラぞうりを履かせて、寿の文字の入った一升の量で作った紅白の餅に無理やり立たせてお祝いします。これは、「この子の一生がめでたいものでありますように」と言う親心が込められています。その後その子が踏んだ、めでたい餅を切って親類・縁者に配り、めでたさをおすそ分けをします。最近はあん入りの餅が主流になっています。

長崎の話題&お知らせ

長崎の注連縄

年末になると門松や鏡餅などの正月準備に追われる毎日ですが、最近は注連縄(しめなわ)を購入するのに色々な店を回ってみても中々納得する物が無くて困っています。
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画像は分かりにくいかもしれないけれど、「長崎注連縄(ながさきしめなわ)」と呼ばれるしめ縄で、神社の神殿や鳥居に付けられているもので、注連縄、標縄、七五三縄と書いて全て「しめなわ」と呼びます。

この注連縄も、最近はリース状の物ばかりで、品は良いのだけれども何だか軽い感じがして馴染めない。

何処の地域でも注連縄は同じだと思っていましたが、ホームセンターなどでは殆んど「長崎注連縄」と表示している、この呼び名についての起源は判りませんが、キリシタン弾圧が激しかった島原半島では、キリシタンでは無いと言う証拠に一年中しめ縄を飾っていて、現在もその風習は続いているそうだから、そこから付いた呼び方なのかも知れない。

何はともあれ、年々年神様を古式に則って迎える家庭や企業なども少なくなってきている昨今は、寂しくもあり時代の流れと納得もしたりと、複雑な心境ですね。

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