長崎の重要文化財・史跡

「二子島力士の墓」「熊ヶ谷力士の墓」

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長崎南部に三菱地所が開発した大型の高級住宅地で、「ダイヤランド」と言う住宅地がありますが、上戸町とこのダイヤランドの境にこの「二子島力士の墓」「熊ヶ谷力士の墓」はあります。

地元の人でもあまり気にも掛けないような石碑ですが、たまに通ると気になって、つい車を止めてみました。この石塔の横に縁の人が建立した石碑があり、以下のように書いてあります。

この力士墓は天保十年ごろ東京相撲で活躍した「二子島力士」と慶応四年ごろ宮相撲の強豪であった「熊ヶ谷力士」のものである。往時この界隈は、御崎道の主要路で岬の「観音寺」参りの商人や深堀武士達の往来も激しく一軒の茶屋があったと伝えられ、今でも「ゲンネン茶屋」(源右衛門茶屋)と呼んでいる。近年団地開発が進み付近の様子もすっかり変りこの碑の存在が忘れられ、おろそかにされてきた経過もあったが、父茶屋仙次郎の遺志をくみ、土地造成を機会にこの地に再建立したものである。
   平成四年七月吉日  再建者 茶屋 義行 筆者 園田 義光


私の友人の父もこの「東京相撲」の出身だと聞きますし、大先輩の人にも大相撲の出身者がいたりで、二人とも南部の出身です。

大相撲の理事長だった「佐田の山」も「力道山」も五島と大村ですが、ともに長崎出身でした。この「佐田の山」がまだ横綱の頃この地域の宮相撲に出て、土俵入りをしたと言う話を聞いたことがあります。
そう言う意味でもこの地域と相撲との関わりは強いのかも知れませんね?

この記事を書こうとした日にたまたま、他のブログで記事にしているのを見かけました。長崎の歴史的な事を書いているブログですが、かなり勉強になりました。
http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/25591854.html

長崎の重要文化財・史跡

曲崎古墳群(国指定史跡)

牧島牧島より

長崎市の中心街より車で30分程東に走った所に「牧島」と言う町があります。名前の通り島ですが、今は橋で繋がっていますので、陸続きですが、静かな漁村です。特産物は、新鮮な魚と加工品です。

この「牧島」の「曲崎」と言う岬の突端に考古学的にも貴重な古墳群がある事は長崎の人でもあまり知られていませんし、観光で訪れる人も殆んどいません。

曲崎古墳曲崎古墳

この陥没した場所が曲崎古墳で、全部で600基近くあるそうです。

この曲崎古墳群は、6世紀末から7世紀初めにかけて、造られた古墳群である。

古墳は、一般的に遺体を入れる室を石で築き、その上に土を盛り上げているが、ここのものは、丸い石ころを積み上げている所に特徴があり、このようなものを積石塚と呼んでいる。

この石室の中には人骨は残っていなかったが、ガラス製の玉類や、当時の人々が使用した壷や甕(かめ)が発見されました。
この積石塚群は、その数や特異的な築き方からしても日本では、非常に珍しく、古墳時代後期後半の群集墳として類例の少ないものです。(長崎市教育委員会)

曲崎古墳曲崎古墳

確かにこの周辺はごらんのような石ころだらけで、砂浜もこの丸い石に覆われているほどの場所です。

曲崎古墳 標識曲崎古墳標識

この古墳群の殆んどの、どこが貴重な遺跡なのかが一般の人には分かりません。
立てかけていた標識も誰かが違う場所に移動したようで、整備と保存が必要ですね。

牧島 テトラポット牧島のテトラポットと釣り人

この地域には、釣りが出来る場所も多く、のんびりと一日を過ごすにはいい環境ではないでしょうか。


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