坂本龍馬が愛した長崎

亀山社中記念館

亀山社中記念館

こんにちは!
「長崎観光@元タクシードライバーの長崎ガイド」管理人のじげもんです。

先日、今年8月にリニューアルオープンした「亀山社中記念館」に行ってきました。

「何をいまさら?」って感じですが、中々行く機会が無く、今回今の勤め先の用があり、近くの草野商店と言う「亀山香」を作っている会社を訪問するのが目的でした。

この草野商店の「亀山香」は、先日地元のテレビ局が紹介していた「お香」で、杉とヒノキの自然成分だけで作られた手作りの逸品ということだったので、とても興味があり、会社の人間からも頼まれたこともあって出掛けました。

亀山香

今回は、見本だけを購入の目的だったので、草野商店へ行く前に「亀山社中記念館」に立ち寄ったところ、オープン前には無かった土産物屋が亀山社中の目の前に出来ていました。

そこに、この「亀山香」も置いていたため、製造元まで行く必要がなくなりました。

ところで、亀山社中記念館の方は、前の管理者の「亀山社中ば活かす会」が運営していた頃と違って、さすがに長崎市が運営しているだけあって、いかにも観光地の施設らしく整備されていて味気ないものになっていました。

それでも、来年から始まるNHKの大河ドラマ「龍馬伝」の影響でかなりの観光客が訪問していました。

龍馬の羽織とブーツ

今回、ここの改修中に見つかった裏木戸の跡や、屋根裏部屋など目新しい物がありましたが、なんだかキレイにまとめられていたのが何だかすっきりしない気持ちでココを出て、竜馬の像がある風頭公園へ向かいました。

坂本龍馬像

龍馬の像は相変わらず、凛として長崎の港を眺めて立っていましたが、この銅像が建っている周りが変わりつつあるのにもびっくりしました。

龍馬の像から長崎港を望む

龍馬の像が建っている場所から長崎港がはっきりと見えるようになっていました。この銅像が建った頃にはこんな情景だったのでしょうが、目の前の木が伸びてさえぎっていた物を、最近切った跡がありました。
もっと目立たない切り方が合ったのではないのかなぁ。

また、この場所に来る途中のスロープも工事中で、観光客の為に市が力を入れているのが良く分かりますが、自然を強制的に矯正している様子が何だか悲しかったですね。

工事中

新しい事が好きだった龍馬もこの様子はあまり嬉しくは無いのではないかという思いと降って沸いた龍馬ブームに乗っかろうとしている長崎市のなりふり構わない姿勢にも納得しながら、複雑な思いで帰ってきました。

坂本龍馬が愛した長崎

<坂本龍馬>亀山社中の活動当時の間取りが判明 復元し8月に記念館オープンへ

亀山社中跡
5月16日のYahoo!ニュースによると、

幕末の志士、坂本龍馬が設立した商社「亀山社中」跡(長崎市伊良林2)を改修中の長崎市は14日、社中が活動した1865年当時の間取りが判明した、と明らかにした。龍馬らは南側の10畳間を執務室としたとみられ、玄関も現在の南側でなく北側だった。市は改修後の8月1日に「亀山社中記念館」としてオープン予定だが、調査結果を受けて設計変更を決めた。

現在、「亀山社中」は閉鎖中ですが、来年のNHKの大河ドラマ「龍馬伝」の放映に向けて、所有者から無償で借り受け、改装後に亀山社中記念館として再オープンする予定だそうです。

そんな中に本来の「亀山社中」の間取りが現在の間取りと若干違っていたと報道があり、坂本龍馬を研究している人達にとっては、興味のある事柄ではないでしょうか?

私も若い頃から坂本龍馬を崇拝している人間の一人として改修された亀山社中の記念館を早く見てみたいと思いますが、今年から来年に向けて、坂本龍馬にまつわる話題で、長崎の街は盛り上がると観光の面でもプラスになりますので、こう言う話題は大歓迎ですね。

坂本龍馬が愛した長崎

坂本竜馬像

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坂本龍馬像

長崎では「ハタ揚げ」で有名な風頭公園にある坂本竜馬像です。

昭和62年6月28日に発足した「龍馬の銅像建つうで会」が市民や企業、全国から集められた浄財でおよそ2年の歳月を掛けて平成元年5月21日に建立した銅像です。

この坂本竜馬像は当初の予定地は思案橋から入った場所にある丸山公園(昔遊郭があった場所)でしたが、地元の自治体の反対で現在地に方向変換したエピソードがあります。

台座部分1.8m、銅像本体3mの立像で坂本竜馬が愛した長崎港を向いて立っています。

所在地/長崎県長崎市伊良林(いらばやし)3丁目風頭(かざがしら)公園内
お問い合わせ/095-829-1314(長崎市観光課)
URL/http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/
E-Mail/n_kanko@par.odn.ne.jp
入場料金/無料(見学自由)
駐車場/なし 風頭公園入り口に「小川ハタ店」の有料駐車場があります。
交通アクセス/JR長崎駅前より風頭(かざがしら)行き長崎バス停風頭山下車、徒歩5分

亀山社中より徒歩で登る場合は約10分。

上野彦馬の墓 上野彦馬の墓

この銅像のすぐ下には坂本竜馬や高杉晋作の肖像写真を撮った我が国の写真の祖「上野彦馬」の墓があります。合わせて是非お参りしてみて下さい。

坂本竜馬像

坂本龍馬が愛した長崎

亀山社中跡

坂本龍馬 船が長崎の港内に入ったとき、
 竜馬は胸のおどるような
 思いをおさえかね、
 「長崎はわしの希望じゃ」
  と、陸奥陽之助にいった。
 「やがては日本回天の足場になる」
  ともいった。
 
  司馬遼太郎 「龍馬がゆく」より

亀山社中跡慶応元年(1865年)5月 坂本龍馬(1835〜1867年)は、この場所に日本初の商社を設立し「亀山社中」と称しました。
亀山社中の事業は航海・海運・貿易などでした。
慶応三年(1867)4月 亀山社中は土佐藩直属の海援隊となり、坂本龍馬は隊長に任命されました。


亀山社中跡の碑現在この「亀山社中跡」は一般公開されておらず、
ここよりすぐ近くの民家を「亀山社中資料展示場」として開放しています。

亀山社中資料展示場
 土・日・祭日 AM10:00〜12:00 PM13:00〜15:00のみ開館

駐車場は2台のみ事前に連絡が必要。

龍馬柱亀山社中内にある「龍馬柱」です。
龍馬はこの柱にもたれ掛かって明日の日本を熱く語っていたそうです。

坂本龍馬が愛した長崎

竜馬のぶーつ像

boots1.jpg坂本竜馬が日本で最初にぶーつをはいたといわれています。

当時土佐では、身分制度が厳しく下級武士である郷士の家に生まれた竜馬はぞうりしか履けなかったそうで、自由の地長崎に来て竜馬はぶーつを履いて大いに張り切ったそうです。

この竜馬のぶーつ像は、亀山社中創設130年記念事業として亀山社中ば活かす会が平成7年に設置したものです。

場所:亀山社中より山手へ約5分。

坂本龍馬が愛した長崎

土佐商会跡

土佐商会の跡
海援隊発祥の地土佐商会跡

四国の土佐藩は慶応2年(1866)に藩の経済活動を盛んにするため、藩営の土佐商会を設けた。
ここはその長崎出張所の跡です。

ここで藩の産物を売り、西洋の武器を購入したり、後に三菱造船所を興した岩崎弥太郎は主任として駐在し、坂本龍馬の海援隊もここを袖点として活動した。
岩崎弥太郎
〜岩崎弥太郎略歴〜
1834年 土佐藩地下浪人の長男として高知に生まれる。
1866年 土佐商会主任。藩の貿易に従事。
1868年 明治維新により土佐商会閉鎖。
1870年 土佐開成商社を九十九商会と改称。
1873年 三菱商会と改称。
1885年 52歳で逝去。

この碑の場所は浜の町アーケードの入り口、長崎電鉄西浜の町電停脇にあります。
浜の町アーケード
この浜の町アーケードが完成したのは、昭和32年(1957年)9月20日。同年6月に着工。幅6m、軒の高さ7.6m、延長350mのこのアーケードは九州で3番目にできました。

あまり知られていませんが、一般国道324号線として、熊本県本渡市までの起点でもあります。
写真ではあまり良く分かりませんが、右手の方に国道の標識があります。

この国道は面白い事に途中長崎市茂木港〜苓北町富岡港は安田産業汽船を使う海上国道になっています。


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